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2003. 4. 16
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<さらく>の航海日誌
4月16日
09:30JST 11:05N 146:48E
東の風8〜10m 艇速7kt 針路330度 晴 1015hPa
波高1.5m 昨日からの安定した東よりの風が吹き続けている
150%ゼノアと2ポンリーフしたメインで帆走中。
時折12mくらいまで強まる時はナンバー3(100%ジブ)が欲しいと思うがないものねだりしてもしょうがないので、風下へ逃げたりしながら走っている。
昨日のロールコールでは、ルイーズが先行し、さらくが二番手、ブーツが三番手にいる。
ルイーズはもともと大きさが1クラス上のヨットだが、クルーザークラスCで出場するため少し短くした改造艇だ。 自力のスピードではさらくやブーツを上まわって当然だろう。
2日くらい前だったか、オープンクラスのマーベリック2がゴールしたそうだが僕らのレースはまだ続く。
- 節電 -
エンジンの調子が悪かったので半月くらい前から夜間は徹底した節電を始めた。 室内灯は使わないでヘッドランプを使い、コックピットにある4個の計器の内照明を点けるのは風向計だけにした。 アマチュア無線の出力は20%まで抑えている。 この努力でバッテリーの容量に余裕ができた。
- エンジン -
デコンプレバーを使えば始動でき、エア咬みさえなければ数時間は回せる。 しかしエア抜きの部分から燃料が少量だが漏れて船内が軽油臭くなる。 オイル漏れは詰め物をしたりして止めることができた。
- 食料 -
昨日数十個有ったオレンジが無くなった。 やはり数十個有ったリンゴも残りが二個だけになった。 果物は缶詰がまだ有る。 米は無洗米が十分に有る。 水は150リットルくらい有るので十分だろう。 野菜や肉類は缶詰食品がある。 チョコレートなどは暑い所での消費が少ないのでまだ十分に有る。
お酒は一日に一二杯くらいしか飲まないのでまだ有るが、到着まで持つかどうかは判らない。
> ENTRY No.16「SALAKU」
> レース艇の現在位置
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ロブ・コース氏によるブライアン・ピーターセンのインタビュー
OSAKA CUP 2003 の情報を掲載しているセイルワールドのロブ・コース(Rob Kothe)氏提供のインタビュー記事です
妻の親戚を訪れる方法(パート・ワン)
ニュージーランド人セーラーであるブライアン・ピーターセンが5,000海里あまりのメルボルン/大阪レースに出場したのは今回が3回目である。 1991年にはイカンドゥ(Ikandu)で出場し、3位でフィニッシュした。 1995年にはエリオット・マリンで、今度は2位につけた。
彼の妻、ケイコさんは大阪出身で、二人は1995年のレースが終わったときに出会った。
昨日、エリオット14mのマヴェリックIIで堂々の優勝を果たした彼は、これから1ヶ月の間、妻子とともに親戚まわりをするのだ。
昨夜ブライアンは、今までこのレースを3回やった中でも、今回が一番難しいレースだった、と語ってくれた。 気象の変化が特に大きかったのだ。
まずバス海峡ではかなりヘビーな風が吹いたし、ソロモン諸島へ向かう航路の完璧な貿易風に恵まれるまでは、北上するのにずいぶん無風に悩まされた。 今回は、無風地帯を私の経験の中では最も速く走り抜けた。 それと、北東の貿易風は今まで私が経験したうちで一番軽いものだった。
一番イライラさられたのは、最後の120マイルだ。 日曜の早晩10ノットでオンコースだった。 だから月曜の朝には大阪に着けると思っていた。 ところが、突然風がシフトしてまったのだ。 風向は真上で、風速も上がってきた。 風速30〜35ノットで、短く尖った波が立っていた。 室戸岬からら鴨田岬の灯台、そして紀伊水道の入り口へ強い北東の風を受けながら抜けるのにやたらと時間がかかった。
幅20マイルほどの内海では、流されはしなくなったが、風も弱くなったので、いずれにしてもゆっくりしか進めなかった。 大阪湾の入り口にある淡路島と複数の小島の間の狭い水路は2マイルにまで狭まった。
非常に難しいところだった。 潮流は3ノットほどあるので、タイミングをうまく計らなければならない。 本線の区分があって、左右を貨物船が行き交う真ん中を通れることがわかった。
私たちのナビゲーション・ライトはちゃんと点灯していたが、航路はかなり混雑していた。 私たちは手持ちのトーチに新しいバッテリーを入れて、定期的にセイルをチカチカと照らし続けた。
潮が変わるときに、最も狭い水路を進み始めて、ちょうどスピードを上げたいと思うときに、風が落ちてしまった。 私たちは、ときどき入る小さなパフでじりじりと進んでなんとか切り抜けた。 しかし、続く0.5マイルくらいで風が殆ど無風に近くなり、また後方へ押し戻される。
私は1995年にエリオット・マリンで先頭を走っていて、風が無くなってワイルド・シングに抜かれたときのことを思い出していた。
私たちはなんとか本土の陸沿いへ近づくだけの風をみつけて、沿岸を走った。
大きなコンテナ船がたくさんアンカリングしていたが、それも全てすり抜けることができて、日の出後に大阪に入った。
エリオット14mのマヴェリックIIは、火曜日の朝、6:57:15AEST 5:57:15JSTに大阪湾のフィニッシュ・ラインを切った。
4941マイルのエラップス・タイムは29日16時間57分59秒だった。
その24時間後、ソロモン諸島では我々の31マイル以内まで追い上げていたヴィクトリアからのエントリー艇、コントロールは、まだ鴨田岬灯台の東北東13海里、フィニッシュからは50マイルの位置にいた。
彼らの到着予想時刻は午前11時ごろだが、彼らもやはり針の穴を通るような大阪湾の中を通り抜けなければならないので、ピーター&サイモン・ブレイクにとっても長い一日になることだろう。
このインタビューのパート・ツーは明日に続く。
詳細なニュースおよびインタビューについては、www.sail-world.com/osakaもご覧下さい。
インタビュアー:セイルワールド、Rob Kothe
> セイルワールド
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「コントロール」2位でフィニッシュ!
オーストラリアから参加の「コントロール」が、4月16日16時49分48秒に2番手でフィニッシュしました。
所要時間は 31日7時間49分48秒で、オープンレーサーのクラスBで2位となりました。
乗り手はスキッパーのピーター・ブレイクとクルーのサイモン・ブレイクの親子チーム。
 スピンを上げてフィニッシュする 「コントロール」 |
続く「ティームFGI」、「クラブマリンウィザード」と「るる」の3艇は接近してレース中で、フィニッシュは明後日の4月18日になる見込み。
> 「コントロール」にインタビュー
> 総合順位2位「コントロール」フィニッシュ!
> ENTRY No.17「KONTROL」
> ENTRY No.6「TEAM FGI」
> ENTRY No.5「THE CLUB MARINE WIZARD」
> ENTRY No.22「LULU」
> レース艇の現在位置
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「コントロール」にインタビュー
Kontrolフィニッシュ直後のインタビュー
「フィニッシュの瞬間、何を感じたか?」
ピーター・ブレイク(父親)
長いレースだった。もう1日前にフィニッシュの予定だったが、大阪湾に入ってから思ったように進まなかった。 しかしフィニッシュの瞬間はスピンネーカーを揚げてきれいにフィニッシュできたので、ともかくほっとしている。
・サイモン・ブレイク(息子)
とてもエキサイトしている。 今は言葉には表わせないほど、オーバー・ワーミング(圧倒される気分)だ。
「レース中、もっとも楽しかったことは?」
ピーター(父親)
息子は海に出るのことそのものが嬉しかったようだ。 私はヨットの性能をフルに使うことができたことだ、特に240マイルのデイラン(1日の走行距離)とても気分が良かった。
「レース中、苦しかったことは?」
ピーター(父親)
赤道付近の無風地帯で長く風待ちをしたことが一回目で、二回目は最後の2〜3日前から風がなくなったことぐらい。
 歓迎の花束を受けるブレイク父子 |
「また次回のレースにも参加したいですか?」
サイモン(息子)
是非もう一度やりたい。
ピーター(父親)
もう少し若い人と一緒にやりたい。(笑い)
「ピーターの大阪カップ参加の目的が"Mt. Everest of Sailing"ということだったが?」
ピーター(父親)
ハードだったが、できたと思う。
「スピンネーカーが傷だらけだったが?」
ピーター(父親)
クイーンズ・ランド沖で最初のニューセールを飛ばしてしまって、前の船で7年間も使った古いスペア・セールで残りを走ってきた。 傷だらけだったのはそのせいで、ないよりましと持ち込んだのが役立った。
「サイモン。 プログラムによれば、航海中に一番寂しいことが、いい食事ができないことといっていたが、好きなラザニアは食べることができたの?」
サイモン(息子)
ラザニアどころか、ファースト・フードとドライ・フードばかりだった。 おかげで、多分10Kgは痩せたと思うよ。
> ENTRY No.17「KONTROL」
> レース艇の現在位置
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ファンネル・ウェブからのレポート
4月16日 Water in the Bow!
この2,3日間、なぜちょっと海面が荒れただけで、バウが波に突っ込んでしまうのかを考えていた。 このためにコクピットとデッキはかなりウェットな状態で、決して快適とは言い難い。
そして今朝、このバウ沈の原因が判明した。 イヴァンがジェネレーター用のディーゼル燃料の最後の一缶を取りにフォアのバルクヘッドへ行ったとき、私たちはセイルを収納しているバルクヘッドより前のコンパートメントが全て水で満たされていることを知り、驚愕した。 それはもう、水が溜まっているどころの騒ぎでなく、フォアデッキに出られるようになっているウォータータイト・ハッチのところまで満杯になっているのだ。 更に調査を進めて、一番前のコンパートメントの合板を外すと、そこもやはり水浸しで、滝のように水が流れ出てきた。
私たちは一日の一番良い時間を、バケツや手動のポンプで水を汲み出す作業に費やした。 あとはセイルも全て濡れていたので、全部出して、広げて干した。 浸水は多分、バウスプリットのボルトから来ているのだろう。 それと、ストームや高速で走ったときにもバウに水が入ってきたに違いない。
本当に面白いことに、バウ・コンパートメントから水を出すと、水面に対してバウが0.5mほど上がり、スピードも0.5ノットほど上がったのだ。 今はまた、風が6、7ノットしかなくなっているので、これは大きな収穫だ。 夜間は順調に走ったが、朝には風が完全になくなって、鏡のような洋上に取り残さることとなった。
今はもう、全てのセイルをよくわかっているし、いつどのセイルを出すべきかも把握できているので、決断は難しくない。 風が落ちてから15分以内に、コード0を揚げた。 お気に入りの「モンスター」だ。 いつもどおり、このセイルはワイングラスになってしまったが、私たちも以前よりは賢くなっているので、さほどの苦労もなく、20分以内に捩れを解くことができた。 あっという間に艇速は5ノットから8.5ノット以上になった。 もし他艇が同じコンディションで5ノット以上出していないとすれば、確実に追い上げることができる。 私たちが以前に算出したETAは、最低でも平均10ノットで走った場合で計算したので、それよりは少し遅くなるが、バウから1トン以上の水を捨てた今、なんとか先行艇に追いついて、ポジションも良くなることを願っている。
繰り返しになるが、これらの問題は、レースの前に充分なシートライアルを行うことができれば、全て防げたことだ。 そうすれば、レースが始まる前に港で問題の元を解決しておいて、もっと良いレースができたはずなのだ。 しかし、計画通りに進まないことや、手持ちのカードで勝負しなければならないことはよくあることだ。 私たちはギャンブラーのようなもので、カードをどう扱うかが問題なのかもしれない。 そして、ギャンブラーは負けるときもあれば、学ぶときもあり、経験を次に活かせばよいのだ。 そして失敗しても、その事実と向き合ってゆくうちに、ギャンブラーは賢くなり、そのうち勝てるようになるのだろう。
今日はずいぶん久しぶりに音楽をかけた。 今日はジョシュア・カディソンという気分だ。 とても穏やかで、艇も一緒にハミングしているようで、ロマンティックですらある。 イヴァンは、今日みたいな日は、ポート・ステファンズあたりでセーリングして、ニューキャッスルのブリュアリーに寄ってサワークリームとチリソース付きのポテト・ウェッジをつまみに冷たいビールを飲み、バンクで昼寝をして、夕陽とともに帰路につくといったセーリングをしたいと言っている。 私もそれには賛成だ。 周りを見回しても、私たちが今、何も無い広大な海、時には牙をむくこともある海の真ん中に居るということが信じられないほど平和だ。 私は海のどんな面も全て大好きだ。 怒りも穏やかさも、曇った日も晴れた日も。 だからこそ海はいいのだ。 色々な面があるからこそ学ぶことも多い。 海は多分、地球で一番の年寄りだろう。 もし海を人間の姿に置き換えたならば、彼女はその博識を示すように白髪をなびかせているだろうか?顔の表情は穏やかか、それとも険しいのか?肌は白いか褐色か?声は優しく穏やかか、それとも強くてはっきりしているのだろうか? 海はいつも私に強さを見せ付けてきたが、かと言って海に傷つけられたことはないし、今後もそんなことは無いと思う。それだけは絶対に自信を持って言える。私は海と、そこにある全てのものを信頼している。
サメやエイの居る海でダイビングするときも、全てを信頼し、理解し、愛するからこそ、素晴らしい体験をたくさんできたのだ。 私のログブックにはそれら全てが、記念のスタンプやステッカーと一緒に詳しく記されている。 海は、嵐のときも、今日のように穏やかな日も、とても美しい。
現在の艇速は8.5ノットで、もうすぐ定期無線の時間だ。 いつものように、雑音や見知らぬ人の話し声意外は、それほど多くを聞けるとは思っていないが、先行艇のポジションを聞いて、少しでもゲインしていたことが分かると本当に嬉しい。 もうだいぶんゴールに近づいていることは私のお腹や夜の空気でわかる。 ずいぶん気温も下がってきたし、露が降りるようになってきた。 引き波の音を聞きながら夜のウォッチをする間中、デッキは湿っているのだ。 シャワーと美味しい新鮮な食事まであと緯度にして11度だ!
同時に、陸に上がったら、夜中に目を覚まして波の音に耳をすませたり、星や月を懐かしんだりするのではないかと考える。 私にとってそれらは、生まれつきの性分のようなもので、とても特別なものなのだ。 ときどき私は、ネイティブなアメリカン・インディアンが、星空の下で寝て、自然との一体感を持ち、平和に暮らしていた気持ちが分かるような気がするのだ。
<ファンネル・ウェブ>、シビーより
> ENTRY No.20「FUNNEL WEB」
> レース艇の現在位置
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ファイン・トレランスからのレポート
Day30
素晴らしい午後だ。 空は青く晴れ渡り、海は深い青にときどき白波が見える。 波頭に太陽の光が当たって一面きらきらしている。
午後はずっとスピネーカーで走っていた。 リズが夕食にエンチラーダを作ってくれて、私たちは夜間のセーリングに入っていった。 月はほぼ満月で、雲ひとつない夜には懐中電灯も何もいらない。 午前4時ごろ、前方に大きな黒い雲ができはじめた。 午前6時にはその中に突入した。 風も変わり、私たちは3日ぶりにスピネーカーを降ろした。 続く2時間は、変化する風に合わせてタックやジャイブを繰り返し、<ファイン・トレランス>のコースを保持した。 ようやくそれを乗り切って、風は元の南風に落ち着いた。 午前9時、惨事が起きた。 エンジンをオンにしてバッテリーを充電しようとしたら、オルタネーターから電気が来ないのだ。 私の兄弟で、訓練を受けたメカニックに相談するためオーストラリアへ電話した。 彼の指示のもと、私は解体してブラッシをチェックした。 そこには問題は無かった。 問題は内部のダイオードにあるようだ。 これは艇上では修理できないので、選択肢は2つに絞られる。 600海里離れたグアムに入って急いで新しいオルタネーターを購入するか、このまま日本へ向かうかだ。
グアムに寄るには2日間のロスになる。 よくてもまる1日は無駄になる。 <ザ・ウィザード>は、フィックス・キール・ボートの先行艇の後方60海里、大阪まであと1日というところに居る。 私たちは寄り道をしてもレースのフィニッシュ締め切りまでに大阪へ着けるかどうかわからない。
<ザ・ウィザード>以外のクルーザー艇はみな、今のところグアムのこちら側にいる。 しかし、 もしこのまま進むならば、コンピューターが一番多くの電気を使うので、レポートを短縮しなければならない。 これがなければ、ソーラーパネルだけで充分日本まで行ける。 今後2、3日の天気を見てから決めよう。
もし速くグアムに行けるようならば、急いで買い物をする。 以前グアムで長い時間を過ごしたので、どの店へ行けばいいかも分かっている。 しかし、無風地帯から抜け出すのに時間がかかるようだったら、コンピューターを使うのをやめて、そのまま日本へ向かう。 今のところ、まだ風は吹いている。 強い風ではないが、後方から吹いて、私たちをゴールへと後押ししてくれている。 周辺に雨雲がいくつかできてきたし、空はほとんど曇ってきたので、もっと風が吹くことが期待できる。 ニューギニアを過ぎてからは、ずっと幸運が続いている。
> ENTRY No.15「FINE TOLERANCE」
> レース艇の現在位置
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