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  2003. 4. 15

  「マベリックII」ファーストホーム!


大阪湾を走る「マベリックII」

 ニュージーランドから参加の「マベリックII」 が、メルボルンから大阪まで約10,200キロ(約5,500海里)を走りぬき、TASAKI OSAKA CUP 2003 メルボルン/大阪ダブルハンドヨットレースのファーストホーマーとしてフィニッシュしました。

 フィニッシュは、4月15日(火曜)の早朝、05時57分59秒。 所要時間は 29日と20時間57分59秒でした。


 
手を振って歓迎に答えるスキッパーのブライアン・ピーターセンとジョン・バンカート


「マベリックII」にインタビュー
ENTRY No.10「MAVERICK II」
レース艇の現在位置


  「マベリックII」にインタビュー


MaverickUフィニッシュ直後のインタビュー

 25日以内でフィニッシュするつもりだったので、この所要時間はとても遅い。

「フィニッシュの瞬間、何を感じたか?」

ブライアン・ピーターセン
ブライアン・ピーターセン
 大阪に着けたこと、そして1番になれたことがとても嬉しい。
ジョン・バンカート
 このレースに参加したのは初めてで、それが無事に終わって安心した。

「レース中、最悪だったことは?」
ブライアン
 どの最悪のことを言ってるの?(笑い) 三つの最悪なことがありました。 一つは、ずっと体を洗っていないこと。 二つは家族に会えなかったこと。 そして三つ目はレース中に姉が亡くなったこと。
ジョン
 ブラインアンのお姉さんが亡くなり、それを悲しむブライアンを見ているのが辛かった。 また、30日近く走ってきたが、その間、ドックフード、スープ、パスタなどを嫌というほど食べてきた。 大阪に着いて、おいしいものを食べられるのを楽しみにしています。

「レース中、もっとも楽しかったことは?」
ブライアン
 大阪に着けたこと。
ジョン
 セーリングそのものも素晴らしかったし、途中の風景や気候なども素晴らしかった。 レースでなければよかったのにと思ったほど。 また、これほど多くの人々が集まってくれたことも嬉しい。

「もっとも難所だったのは」
ブライアン
 もちろん最後の二日間。 日本の近くまで来ているのに、なかなか着けなかったことです。

ジョン・バンカート
ジョン
 最後の二日間は、風が35ノットくらいまで吹いたこともあったのが風向が真正面で、多分、後ろに下がったこともあったかもしれない。 これにはフラストレーションがたまった。

「今回のレースは二人の次の計画にどれくらい役に立つだろうか」
ジョン
 次のオオサカ・カップにも挑戦したい。 今度はルールで許されている最大の16m艇で出て、記録を作りたい。 また、個人的な目的でいうと、シングルハンドレース2004年のヴァンディグローブ、2006年のアラウンドアローンに挑戦したいと考えている。
ブライアン
 3度目のオオサカ・カップで、最初は3位、2回目は2位、そして今回は1位となりました。 もし、次回もやるとしたら次もジョンとともに、オープン60クラスで参加し、記録をやぶりたい。 このレースのおもしろいところは、ただ走らせるというだけではなく、タクティクスまで含めてさまざまなことを工夫せねばならない点です。

「大阪に来て食べたいものは?」
ブライアン
 大阪で食べるすべてのものが、船でたべるものよりも旨いと思います(笑い)。
ジョン
 野菜、果物、サシミなど新鮮なものを食べたい。


ENTRY No.10「MAVERICK II」
レース艇の現在位置


  <さらく>の航海日誌


4月15日 15時 北緯09度17分 東経147度57分
曇 東の風8m 波高1.5m 艇速7.5kt 針路320度
ゼノアと1ポンリーフメインで帆走中

 昨日未明南西の風が強まる中北東へクオータリーで走っていたがうねりも大きいうえに風が15mを越えだしたので3時のワッチ交代の前にメインセールを降ろすことにした。 武田君には早目に起床してもらって、まずストームジブを降ろしてから2ポンリーフしていたメインを降ろして固縛した。 真っ暗な中で波しぶきを浴びながらの作業だった。

 再びストームを上げて15m以上吹いても大丈夫の体制とした。 その後、風は強まらず10m止りだった。
こうなるとストーム1枚だと波にゆらゆら揺られてスピードは出ないしいいところがない。

 台風があるため北上を避け、レース参加艇で同クラスのルイーズが避泊している小島へ向かった。 周りにリーフがあるため、東経141度20分5秒を真北に向かった所にある水路に入らなければならなかった。 南風で大波が立つ中を二つの島の間にあるその水路を通過したがヒヤヒヤものだった。 最も浅い所で水深4m弱で水の色が違うから浅いことが判る。

 リーフの中は波はなかったが浅瀬だらけで、ルイーズも安全なところに錨泊しているようには見えなかった。
 アンカーを落としてみたが走錨してしまうのであきらめて外海へ出た。
 ルイーズは3日前から台風を避けるため錨泊しているとのことだった。
 もう一隻の同クラス艇ブーツも少し北にある小島に錨泊したことが昨日のロールコールでわかった。
 僕らは、このあたりの避難場所としてはトラック島くらいしか知らず、甘さを思い知った。
 夜はストームジブ1枚でゆっくりと北西へ走ったが幸い風は強まらなかった。

 今朝は風も波も治まってきたので6時からゼノアを上げて艇速を上げ、スライダーの修理をしてからメインセールを上げた。
 北西へ針路を取っているので、左側に台風の中心につながる厚い雲、右側に晴天域を見ながら走っている。
 台風のおかげでクルーザークラスCの三隻がほぼ同じあたりに集結し再スタートしたことになる。


ENTRY No.16「SALAKU」
レース艇の現在位置


  ファンネル・ウェブからのレポート


4月15日

 日射病というのは本当に酷いもので、かなり気をつけているつもりだが、なかなか避けられない。 そんなわけで、私はまた日射病になったのだけれど、今日は随分よくなったような気がする。 最初は体長不良の原因がわからなかったが、「レッド・ネック」を発見してわけが分かった。 私は顔や頭をできるだけ覆うようにしていたにも関わらず、強い日差しは私の首に差し込んでいた!また一つ勉強になった。 私の大好きなものが、大敵になったのだ!昨日はよく水分を補給して、また得意のミューズリー・バーを2時間おきに食べ、よく休んだ。 食べなければあっという間に弱ってしまうことは良く分かっていたのだが、残っている食料を見てもどうしても食欲がわかない。 陽が落ちてから、私は外を散策することにした。 私は思い切って、痛くて見るも無残なお尻にムストーのギアを重ね着した。 太陽はイヴァンをも疲れ果てさせていたので、私はイヴァンを休ませるためにオール・ナイトをやることにした。 

 夜間はまあまあ落ち着いていた。 3時間ごとにイヴァンが私の様子を尋ねにポートホールから頭を出した。 夜空は比較的晴れていたし、波もオートパイロットに殆ど任せておけるくらい穏やかだった。 私は時々必要に応じてセイルを調節したり、効率良く進むために進路を修正したりしていた。 

 私たちは日中にある約束をしていた。 それは、どんなことをしてでも10ノット以上出す、というもの。 デッキの上で乾いている場所は無かったので、私はまたしても濡れた所に座らなければならず、お陰でまた一晩中服も湿ったままだった。 ただでさえ湿って塩まみれなのに、ときどき波をかぶって更に悪い状態になった。 私はとても良い居場所を発見した。 トランサムのすぐ後ろで「ランニング・バック」を枕にしてハッチに寝そべるのだ。 するとその体制で海も周囲も月も全てを見渡せるのだ。 「ランニング・バック」の音から、リギンやマストの状態、風の強弱がわかる。 セイル全体が見えるので、セイルが全快で走っているか、調節が必要なのかもよく分かる。 そして船尾に聞こえる波の音はとても心地よかった。 これはいいスポットを見つけたものだ!すこし頭を動かすと、船尾から100mくらい後方まで続く月明かりに照らされた白い引き波が見える。 これぞセーリングの醍醐味、苦労する甲斐もあるのだ!この魔法のような光景を見ていたら、時々波をかぶることもすぐに忘れた。 

 イヴァンがぐっすり眠っている間に、私は本船が通らないか見ていた。 私たちは二人とも疲れが出始めていて、かなりぐったりしているが、もちろん食事の事情がその大きな原因でもある。 朝の5時ごろ、私は疲れて眠ってしまった。 7時ごろにイヴァンがミューズリー・バーと飲み物を持って起こしに来た。 それから二人でナビゲーションのチェックをして、セイルを調節し、次のレースの準備について少し話した。 

 エキサイティングな出来事は特に無いが、私たちはとにかく残る距離を最大限のスピードで走ることに集中している。 私たちは進行状況や緯度を数えては、一日に3回くらいETA(到着予定時刻)を再計算している。 うまくいって、風がこのままもってくれるとして、また私たちの新しい経験も踏まえた上でいくと、前に居る2艇をもう少し追い上げられそうだ。

ファンネル・ウェブ、シビーより


ENTRY No.20「FUNNEL WEB」
レース艇の現在位置


  ファイン・トレランスからのレポート


Day29

 今日はファイン・トレランスにとって二重のお祝いだ。 夜半過ぎにやっと赤道を通過したことと、今日はフィルの誕生日ということ。 1位の艇が今日、フィニッシュラインを切るはずだ。 マヴェリックIIのブライアンとジョンに、見事なレース、おめでとう。 

 誕生日のお祝いには、ケーキと写真を用意していたのに蝋燭が見つからない! 朝には、卵を2つ(それも最後の2つだ)使うチョコレート・ケーキを焼くか、それとも卵1個で済むデート・ローフを試して見るかというジレンマと戦った。 結果、デート・ローフにして、残った卵1個は後でマフィン用にとっておくことにした。 私たちはオートパイロットが無いのでフィルをステアリングから開放するのも一苦労だった。 二人ともステアリングは嫌いじゃないのだが、なるべくなら、オートパイロットがあって、セイル・チェンジや休憩、夕食といったときには使えるほうが有難い。 日本からアリューシャンの航海へ出る前には、TMQに助言してもらってなんとかする予定だ。 

 天候について少しお話ししよう。 過去24時間は安定した南南西の風が吹き、私たちはずっとカイトを揚げて走っていた。 夜明け前に、毎日のことだが、風が1時間くらいの間弱まっていて、それ以降はまた10〜12ノットに上がった。 私たちは毎日クロスワード・パズルなどをして、手持ちの雑誌はボロボロになっている。 フィルは誕生日用に新しいCDを持っている。 「マイ・フレンド、ザ・チョコレートケーキ」
 メルボルンを発つ前に私の姉妹がくれたオーディオ・ブックも気に入って聞いている。 姪たちは、艇のあちらこちらに、私たちが後で読むようにと隠しメモ書きをしておいてくれたので、私たちはそれを見つけて読むが、繰り返し読んで楽しめるように、全部そのままにしてある。 ラム&コークでお祝いしている私たちを思い浮かべて下さい。 


ENTRY No.15「FINE TOLERANCE」
レース艇の現在位置