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  2003. 3. 21

  ファンネル・ウェブからのレポートです。

チーム:ファンネル・ウェブ、シビー(妻)より

3月16日 Day 1

  私たちのようなドラフトのある艇でサンドリンガム・ヨットクラブからブイを回航してスタート・ラインまで行くのにあれほど時間がかかるとは誰も言ってくれなかった。
  従って、私たちは遅れてしまった。この路を選んだのはたったの2艇だったが、とにかく私たちは遅れたのだ。地元の出でないことも災いして、ポートフィリップ湾に関する知識が全く無かった私たちは、(湾外へ)流出してゆく潮の影響で座礁してしまった。あとは何をやっても脱出できず、潮は引いてゆく一方!この様子ではあと12時間はただ待ち続けるしかないのかと思うと同時に、「(私たちを置いて)レースが始まったわ」と思った。

  それから15分くらい経って、1隻のパトロール・ボートがやってきた。しかし、その小さなパトロール・ボートでは私たちの艇に何ら影響を及ぼす力のないことが分かると、改めて絶望感を噛み締めた。

  ふとイヴァン(夫)が、マックエーリー湖で大型のヨットがしばしば座礁し、脱出している方法を思い出した。マスト・トップを引いて艇を寝かせてから、エンジンで脱出するのだ。私たちは早速それを試してみると、なんと大成功!

  そこへコミッティー・ボートが戻ってきて、私たちがスタート・ラインを切るのを確認してくれた。この時点でちょうど1時間の遅れであったが、大阪へ向けて出発!
  午後12時35分ジャストにポートフィリップ湾のヘッドから出てゆくべく、オレンジ色のブイをクリアした。


3月17日 Day 2

  初日の夜はそこそこのサイズの波に迎えられた。バス海峡ならではの、潮と風が一斉に東端の島々を通過しようとするコンディションは充分に予測していた。メインにリーフを2段入れて万事休す。

  普段ほどは船酔いが酷くなかったものの、気分は優れず食欲もない。アーノッツ・シェイプスやミューズリー・バーがあってよかった!それでも私の体調は決して良くはなく、初日の夜は眠れず、風の唸り声を聞きながら、食事らしいものは口にせず。私は普段は大食いなので、これだけでも相当まいってしまう。

  私たちはイースト・ポイント周辺の島々まで行く間にほとんどの艇を追い抜いたが、疲労からオートパイロットをオンにして眠ってしまったため、結局夜の間に抜き返されてしまい、私たちはずっと東寄りに着いてしまった。それに、セーリングにはつきものだが、ある晩はストームで、次の晩は無風という状況にはまった。他の皆は北へ向かっているというのに、私たちはずっと東のニュージーランドの方角へ来てしまったのだから残念無念!皆が北へ走ってゆくなか、私たちにはいざなう風も無くただ東へ進んでいるのだ。

  そして、次の24時間中にはストームに見舞われた。艇の計器は風速36ノットを表示し、時々突風は42ノットにもなる。後に風速は40ノット、突風は50ノットに上がった。それも今まで外洋に出たことのない新艇で!その上、波高は20メートル近い。私は恐怖は感じていなかったし、この艇が安全だということも分かっていたけれど、3日も4日も緊張し続けているとそれなりにこたえる。
  イヴァンはセイルを縮めようとしてブームやウィンチに叩きつけられ、どちら側かの肋骨が折れ、私はウェット・ギアを着けたままキャビン内に滑り込むときに隔壁におでこを強かに打ちつけた。おかげで30秒間くらいは右の耳が聞こえなかった。
  私たちは、4日間ほど巨大な波がコクピットとデッキに打ちつける状態でずぶ濡れになりながら耐えた。眠るなんて問題外、食事もしかりだ。何もかも水浸しで湿っていて、私たちは他艇よりもかなり沖へ出ていることは分かっていた。しかし、彼らがガボ島の影に入ってパーティーをしていたとは知る由も無い!

  食事なし、睡眠なし、ずぶ濡れで体は痛む。これ以上悪いことがあるだろうか?
  マストを固定するマスト・ベースのブロックは無くってしまい、リギンも一部紛失、膨大な数のシャックルと共にサイドに取り付けてあった数百ドル相当のターニング・ブロックも失った。従って、あちらこちらを少しずつ調節しながら修復していった。
  昨夜はイヴァンがあまりの激痛と肋骨を癒すために14時間もキャビン内にこもっていたため、私とオートパイロットだけで走行。私は彼を艇から降ろすためにヘリコプターの救助を要請しようと思ったが、このレースはダブル・ハンドで、私一人で大阪まで補助金をとりに行くことなんてできない、代償が大きすぎる!と考え直した。

  だから今は彼を起こしてビルジのあか汲みをさせつつ、私はオートパイロットと遊んでいるのだ!彼をギャレーで働かせて、マッシュルームのリゾットを作らせて食べた。スタート以来初めての食事に胃袋もびっくり!

PS: 私たちはタバコを吸わないのでマッチを積んでくるのを忘れた!  ストーブに火をつける手段がないので、何もかも冷たく生のままで食べる!  こんなときだけはタバコを吸っていれば良かったと思う。 どこかで他の艇と出会ったらマッチをわけてもらえるかも!


ENTRY No.20「FUNNEL WEB」
参加艇リスト


  <マッド・マックス>今夜シドニーへ向かう


<マッド・マックス>

  エントリー#21、<マッド・マックス>は些細な修理を行うため今夜シドニーへ入り、明朝には再出発する予定。

  <オウサイン>はたった今、エデンより出港した旨を報告。

  <ノー・フィアー>は今夜遅く、または明朝にエデンを出港する予定。

  最新のポジション情報は[コース・ポジション]のページでご確認下さい。


ENTRY No.21「MAD MAX」
ENTRY No.27「AUSIGN」
ENTRY No.3「NO FEARR」
参加艇リスト
コース・ポジション


  マヴェリック II レースレポート


  何日間もさんざん風上へ上らされた後、ようやくジェネカーを揚げて正しい方向へ走れるようになった! やったー! ガボ島での待避から再出発を遂げた後は、風が南西に回ると予想していたが、確かに3時間ほどはそうだった。次に風は北北西へと変わり、それは30ノットの中をまた上らなければならないことを意味していた。

  昨夜の10時頃、私たちは沖へ出てゆく決断をしたので、今は恐らく東オーストラリアで最も強い潮流の上を通過する頃だと思う。南東の貿易風だ。

  艇上の生活はまあまあだ。体は臭くて、食事はつまらないものばかり(フレッシュなものは全て食べてしまったから)。これが外洋レースってものだろう!


ENTRY No.10「MAVERICK II」
参加艇リスト


  5チームが修理のためエデンに入港


イーデン港に修理のため入った参加艇

  <ビヨンド・アウトレイジャス>、<サラク>、<ノー・フィアー>、<オウサイン>、<クラブマリン>が修理のためエデンに入港。

  フィル・クームスの<ノー・フィアー>はディーゼルのタンクが割れたため、<ビヨンド・アウトレイジャス>はメインセイルが破れたため、<オウサイン>と<サラク>はそれぞれエンジン・トラブルを報告している。

  全艇のポジション情報は[コース・ポジション]のページでご確認下さい。


ENTRY No.28「BEYOND OUTRAGEOUS」
ENTRY No.16「SALAKU」
ENTRY No.3「NO FEARR」
ENTRY No.27「AUSIGN」
ENTRY No.5「THE CLUB MARINE WIZARD」
参加艇リスト
コース・ポジション